ユーラシア大陸横断

ウズベキスタン ブハラ~ヒヴァ

アイキャッチはブハラ~ヒヴァをつなぐ砂漠の道
ひたすら砂漠の中を走り続けました(本当に暑い・・・犬も暑そう 笑)

ブハラはまさに古都といったかんじで、日干しレンガの街並みが情緒にあふれ、散歩が楽しい街でした。ブハラを出発し、さらに西のヒヴァへと進んでいきます。前回はこちらです

ブハラからヒヴァへ

ブハラは古都の街並みが魅力的で、あちこちを歩いてまわった。子どもが多くてよく写真を撮ってとせがまれたけれど、それも楽しかった。

ゆるゆるブハラで過ごしていると、ある日の夕方宿に帰ったら主人の女性から声をかけられた。
「あなた、このあとヒヴァに行くんでしょ?」

女性とは旅のことなんかをいろいろ話していたので、西に進んでいくということ、このあとはヒヴァに行ってみたいことも知っていて、
「今日泊まりに来てるタクシードライバーさん、明日ヒヴァに帰るそうなんだけど、行くなら安くで乗せてくれるかもしれないよ!」
と声をかけてくれたのだった。

これはすごくラッキー。女性の話を聞くと、同じ宿に泊まっているフランス人カップルの2人の乗り合いでヒヴァまで行けるらしい。

当時、ブハラからヒヴァに行くバスは「ない」とのことで、自分もタクシーを利用するしかないと思っていた。ブハラ市街にヒヴァ行きのタクシー乗り場はあるらしい(なんとかバザール?)のだけど、その場合やはり交渉が大変なのと、うまく他の乗客と乗り合いにできるか(人が集まらなかったら出発しない)もみえない。

ブハラにはもうちょっといたい、でもこんな機会はなかなかない・・・。
迷いに迷ったけれど、「西に行かねば」の気持ちが勝って、自分も乗せてもらうことにした。

ドライバーは50歳くらいのおっちゃん。話してみると、おっちゃんはヒヴァで宿の経営もしているそうで、自分のところに泊まっていいよと言ってくれる。泊まるところを探す手間も省けそうなので、ありがたくそうさせてもらうことにした。

急展開で、フランス人カップルと一緒に翌朝ヒヴァへ出発することになった。

ヒヴァ行きのタクシー

次の日、朝食を済ませ、タクシーに荷物を積み込む。後ろの座席にカップル、助手席に自分が乗り込み、ここから西へ450km、およそ6時間の道のりとなる。

ブハラまでは延々と砂漠が続き、その中アスファルトの道が1本突っ切っている。行けども行けども砂漠で、見渡す限りの砂漠。

この何もない砂漠の真ん中で問題が発生してしまう。なんだかめっちゃお腹が痛い・・・。ほんとにあかんかんじ。
おそらくだけど、ブハラの宿で最後に食べた朝食の中の何かにやられてしまった・・・。

もちろんトイレもなにもないし、仮に砂漠のそのへんで、、となったとしても地平線まで丸見え状態。

地平線まで見渡す限りの砂漠と1本の道

なんとか、なんとか宿までと必死にこらえ続ける、後席のカップルは楽しく談笑し、こちらにも話しかけてきてくれたりするし、ドライバーのおっちゃんもいろいろと話をしてくれる。平静を装って会話を続けるのもつらくなってきた。言ってしまった方がいいだろうか。いや、「ではそこの砂漠で」となったらそれもだいぶつらい・・・。

とお腹の具合いも頭の中もいっぱいいっぱいとなり、いよいよ限界か、というころ車はようやくヒヴァに到着した。

幸い、ドライバーのおっちゃんの宿にすぐチェックインでき、あとはお察しなかんじで 笑

自分にとっては結構大変な1日となった。

ヒヴァでの日々

翌朝なんというかまだお腹の調子がよくない。完全にお腹を壊してしまったようで、せっかくヒヴァにいながら出歩くこともできずベッドに横たわって苦しみながら過ごすことになってしまった。

手持ちの薬をいろいろ飲んでみたが一向に良くならない。水と食べるものだけ買いに出かけた以外あとはひたすら部屋にこもって回復を待つけど、一向に良くならない。

翌日になっても治らず「病院に連れていってもらった方がいいだろか、けどまわり全部砂漠だったし病院とかあるんだろかどうしよう・・・」といよいよどうしたらいいかわからなくなってきたとき、ドライバーだった宿のおっちゃんが
「これを飲むんだ」
と、いと怪しげな緑色のカプセルをくれた。どうやら観光にも出かけずひたすら部屋にこもっているので状況を察してくれたらしい。

とはいっても何の薬かは定かでなく、けれど本当に藁にもすがる思いで謎のカプセルをありがたくいただき、そのまま寝てしまった。

何時間ほど寝たのか、目を覚ましたらからだはずいぶんよくなっていた 笑

あの怪しげなカプセルが効いたようで、さっきまでの苦しみ続けた時間が嘘のよう。

全快とはいかないまでもなんだか元気になってしまった。そうなると、出かけよう!という気持ちが一気に出てきて、カメラをもってようやくヒヴァの街歩き。2階にある自分の部屋から階段を下りたところで主人のおっちゃんに出会い、すっかり元気なようすに
「おお!大丈夫か?行っておいで」
と送り出してくれた。

ヒヴァはかつてのヒヴァ・ハン国の首都。世界史の授業でしか知らなかったホラズム地方。ブハラやイランなどさまざまな国の干渉・支配を受けながら今にその姿を残す、歴史の要衝に気持ちが高まる。

重厚な城壁・城塞都市といったかんじで、ブハラとはまた違った趣がある。これも美しい・・・!今思えばもっと写真を撮っておけばよかったけれど、まだまだ病み上がりで本調子ではない中久しぶりに外に出たのが気持ちよくて、写真を撮るよりも純粋に街歩きそのものを堪能した。

ヒヴァのちびっこたち ヒヴァの写真はあまりないのが今となっては残念

カスピ海を目指す

そのあとも、おっちゃんはお粥をつくってだしてくれたり本当に助かった。

おかげさまで体調も次第によくなり、ヒヴァ観光的なことはほとんどできていないけれどずいぶん長居してしまったし、そろそろ出発しようと思った。

宿のおっちゃんがタクシードライバーだったので、このあとのことも相談してみた。ウズベキスタンを西に横断し、カザフスタンに再入国してカスピ海横断フェリーに乗る、これが自分のちょっとした夢だった。フェリーが出る港はアクタウ。アクタウ行きの列車がヒヴァの西にあるクングラード(コングラット)という街から出ているところまでは日本を出発する前に調べて知っていた。まずはコングラードに行かないといけない。

「ここからコングラードに行きたい」

おっちゃんに聞いてみる。例によってクングラードに行く交通手段はタクシーしかなかったが、これもおっちゃんがドライバーなのでそのまま送ってもらうことにした。何から何までありがとうおっちゃん!

カスピ海を目指してまずはクングラードへ!