北海道の旅行者たちの間で噂になっていた「桃岩荘」。
やばいユースホステルだとあちこちで聞き、これは行ってみなければと2005年実際に訪れてみた記録です。
前編はこちらです ↓
礼文島最北限 スコトン岬へ
翌早朝、
『今日もニシンが大漁だ~~!大漁だ~~!!』
と変な音楽が大音量で館内に流れてみんな起床。
そう、かつてこのユースの建物はニシン漁の拠点。
その伝統は姿を変えてこうして今も残っていて、えもいわれぬ歌詞と大音量で有無をいわさず目覚めさせてくれるのだ。
↑ 早朝、桃岩荘前のポールに旗を掲げるヘルパーさん
さて、今日はいよいよ「礼文島愛とロマンの8時間コース」。礼文島縦断トレッキングだ。
礼文島の最北端に当たるスコトン岬から島の南部にある桃岩荘まで歩いて帰ってくる。
距離はおよそ30kmほどだった気がする。
ヘルパーさんの運転する車で7名の参加者はスコトン岬へと送り届けられ、縦断トレッキングスタート。時間は朝の7時くらいで携帯電話はもちろん圏外。
↑ スコトン岬にある最北限のトイレ。フォントがすばらしい!
愛とロマンのトレッキング、スタート
トレッキングは海岸線沿いを歩いたり、アップダウンの激しい島の中央部分を歩いたりで盛りだくさん。
天気は曇りから晴れへと変わり、青い空と海、そして緑の草原が心地よい。
かなり北の方にあるので背の高い木(高木)は存在しない。
周りを海に囲まれ、本州では見たことのない景色の中を歩いていく。別世界にいるような感覚になる。
草原は、ひざ~腰くらいの高さがあって結構深い。空の青さとの対比が鮮やかで美しかった。
お弁当をいただいて後半戦!
歩き続けて6時間ほど、13時過ぎにみんなでお昼ごはんをいただくことにした。
いただくのは桃岩荘伝統の「圧縮弁当」。
お弁当がかさばらないようにと、女性ヘルパーさんが心を込めて圧縮した(踏んだ)特製のお弁当だ。
ただ、昨今は女性ヘルパーの体重が軽くなってしまい、このお弁当もあんまり圧縮できなくなっているらしい。
桃岩荘もこんなところで時代の変化にさらされていたのだった。
↑ 伝統の圧縮弁当。歩き続けたみんなにとって、この上なくおいしいお弁当でした。つくってくださったみなさんに感謝
お弁当を食べ終え、出発する。この時点で14時くらい。
まだまだ道のりは長い。
記憶が定かではないが、このあとは集落を通り抜け、山を登って降りて海沿いを歩いて行ったと思う。なかなかハード。
やがて日が暮れはじめ、夕焼け空がきれいになってくるが、トレッキングするには道が暗いと危険なので先を急ぐ。
最終的に完全に日が沈み、あたりはほとんど真っ暗になってしまった。
暗すぎて写真も撮れなくなってしまう。
しかし、ここまで来れば目的地の桃岩荘はもうすぐ。
みんなで頑張って歩いていく。
19時30分すぎ、桃岩荘に到着!
最後の方は暗くなって不安もあったけれど、無事に帰ってくることができてみんなでめっちゃ喜んだ 笑
愛とロマンの8時間コース、11時間30分かけて完了!
愛とロマンの達成者たちは桃岩荘の英雄としてほめたたえられる。
夜のミーティングでみんなの拍手喝さいを浴び、不思議な高揚感に包まれる。
異次元のユースホステル桃岩荘。とんでもない場所だと思っていたけれど、世の中のいろいろなしがらみから解き放たれみんなのエネルギーが良い意味で昇華される、そんな力を感じる。
出発の朝
出発の日、玄関前では、宿のみんなが桃岩ダンスで旅立つ人たちを送り出す。
お互いの姿が見えなくなるまでかなりの距離があるのだが、ずっと踊っている。
どこまで行っても、振り返ればみんな一生懸命踊ってるのでグッとくる。
旅立ちをものすごく応援してくれてるみたいで、「胸を張って行ってこい!」と力強いエールを送ってくれてるみたいで、、、
帰りのフェリーでも、姿が見えなくなるまでひたすら桃岩ダンスを踊る桃岩荘のみんな。
振り返って、嵐のような2泊3日だった。
すさまじいエネルギーと勢いに押し流されるように過ごした。
「なにやらとんでもないユースホステルがある」、そんな噂から始まった突撃桃岩荘。
「絶対イヤ!」「無理!」という人も多いに違いない。自分も本来こういうのはダメな方だし 笑
しかし、知性と教養と羞恥心を捨てる、自分の決めた枠組みから外れてみる、そんな瞬間があってもよいのかもしれない。
桃岩荘で過ごした自分と、一緒に過ごしたみんなを見ながらそう思う。
2005年に訪れ、あれから15年以上が経ってしまった。
今も多くの若者たちを執拗に揺さぶり続ける、そんな桃岩荘であってほしい限りだ。