ユーラシア大陸横断

ニース~バルセロナ(スペイン)

スペインはバルセロナのサグラダファミリア

アイキャッチはスペインはバルセロナのサグラダ・ファミリアです。ガウディはほんとに天才だと思いました 笑

イタリアを一緒に縦断した後輩に別れを告げ、再び1人となって西へ進んでいきます。まずはヴェネツィアからジェノバ、そしてニースへと向かいました。前回はこちらです

ニースへ

ヴェネツィアのサンタルチア駅でローマから日本に帰る後輩を見送り、自分もそのまま駅からジェノ行きの電車に乗った。
後輩と一緒のあっという間の1週間。日本が恋しくなってしまった。

自分の旅は、イスタンブールでボスポラス海峡を渡ったあたりでほとんど終わってるように思う。いやほんとに。
映画でいったら、本編が終わって、エンドロールが流れているかんじ。深夜特急にもあったけれど、ヨーロッパのもつ落ち着きのためか、それまでの激動の日々から急にゆるやかになったのもあったんだろうと思う。
あとは、「END」とか「FIN」にあたる場所に行くだけ。それが、西の果て、ポルトガルのロカ岬。

ヨーロッパに入ってほんとに穏やかになったな。
定年退職して、ゆっくり老後を過ごしているかんじ。旅の老後?

ヴェネツィアを出発し、翌朝ジェノバに到着。駅員さんに聞いてみると、3時間くらい待ったらフランスのニースに行く列車が出るらしい。
これは…、、、行っちゃおう。このときはどんどん先に進んでいきたい気持ちだった。

イタリアから国境を越えて次はフランスへ。ここでちょっときがかりだったのが、フランスの人はフランス語にかなりのプライドを持ってるということだから、英語を使って大丈夫なのかな?ということ。

フランス語っていったいどんなもんなんだろう。かなり心配していたけれど、ニース行きの電車、フランス側の車内検札に来た女の人の「ボンジュ~ル」はまるで気持ちよく歌っているようで、これはかなり気に入ってしまった。

ニースの駅

その日の夕方にはフランスのニースにたどり着き、街並みは閑静だけれど活気があって、ゆとりのあるニースを歩く。
僕のわかる言葉は「ボンジュール」と「ボンソワール」と「メルスィ」くらいしかなかったけれど、どの言葉もさっきの検札よろしく歌ってるみたいで、使うのが楽しい。

ニースの宿から、歩いてすぐにコート・ダジュールの海岸に出て、地中海がを眺めた。

バルセロナとサグラダ・ファミリア

ニースでは3日ほど過ごし、鉄道でさらに西へと進んでいった。ニースからモンペリエを経由し、モンペリエから国境を越えてスペインのバルセロナへ。バルセロナには大好きなサグラダファミリアがあるのでぜひとも見ておきたい。

モンペリエからバルセロナの駅に到着したころには日も落ちて夜になっていた。地下鉄に乗って最寄り駅まで移動し、バルセロナのユースホステルにチェックイン。ヨーロッパはユースホステルが充実しているので基本的には泊まるところに苦労せずに済んだ。助かる…。

翌朝、早速サグラダ・ファミリアへと出かける。昨日バルセロナに着いた時には曇り空にときどき雨まで降っていたけど、今日はばっちり晴れた。地下鉄に乗って、その名も「SAGRADA FAMIRIA」駅で降りる。
地上に出る階段を登りながら、サグラダ・ファミリアはどっちだ~こっちかな~なんてきょろきょろして、ぐるっと振り返ったらそこにサグラダ・ファミリアが!想像よりずっと大きくて感激!気持ちが高まってわくわくする。

サグラダ・ファミリアを後ろ側から

大きくそびえる8本の塔を見上げながら歩く。
今まで見てきた建築とだいぶかんじが違ってて、見ていて面白い、楽しい建物。これを手がけたガウディは面白い人に違いない。

サグラダ・ファミリアは目下建築中で、予測では完成は2256年頃といわれている(ただし本気を出したらあと10年くらいで終わるとも 笑)。
着工したのは1882年、100年以上も造り続けているのか…
12使徒を表す12本の塔にさらに真ん中らへんに170メートルの塔が建つらしい。でかすぎ。
自分の払った8ユーロも、この教会の建築費として使われます 笑
なんかうれしい…

内部はすごく天井が高くてステンドグラスもとんでもなくきれいでした

そして、自分たちが見ている横で、おっちゃんたちが今まさにサグラダ・ファミリアを造っている。
「お仕事は??」
「あ、サグラダ・ファミリアを造っております。」
そんなこと言ってみたい~!笑

地下には模型を置いた作業部屋みたいなのもあって、本当に目下建築中なんだなあとしみじみ。

こちらに続きます!